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横浜地方裁判所 昭和30年(ワ)743号 判決

原告 鈴木力松 外一名

被告 松本菊松

主文

被告は原告に対し、藤沢市片瀬二八七五番地所在家屋番号片瀬一〇一二番木造亜鉛葺平家店舗建坪一六坪を収去してその敷地である同番地宅地一一一坪のうち右宅地西側の江の島銀座通りと南側小径の交叉する右宅地の角(南西隅)を(A)点とし、同点から江の島銀座通りに沿つて北へ五間の地点を(B)とし、A点から右小径に沿つて東へ三、七五間の地点を(F)とし、(B)点から右(A)(B)に直角に東へ二、五間の地点を(C)とし、(C)点より右(B)(C)に直角に南へ二間の地点を(D)とし、(F)から右(A)(F)に直角に北へ二、七五間の地点を(E)とし、右(A)(B)(C)(D)(E)(F)の各点を直線で結んだ地域内の土地一六坪二合五勺を明渡し、昭和二四年七月一日以降右明渡済みに至るまで一月金一〇〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金三万円の担保を供するときは金員の支払いを命ずる部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

原告先代鈴木伝蔵は、その所有に係る藤沢市片瀬二八七五番地宅地一一一坪のうち請求趣旨記載の部分を訴外福島新太郎に建物所有の目的で期間を定めず賃貸し、同人は右宅地上に請求趣旨記載の建物を所有していたところ借地法の施行により右賃貸借期間は昭和二四年六月末日迄となつた。そして被告は昭和一四年頃右福島から右建物及び土地賃借権を譲受けたので原告先代は右賃貸借期間満了により即時明渡しをうける特約のもとに右賃借権譲渡の承諾をなした。しかるところ原告先代は昭和二二年一一月二七日死亡し、原告が相続により右宅地の所有権を取得したから被告は原告に対し右賃貸借の期間の満了により前記宅地を明渡すべき義務がある。

右明渡の特約が認められないとしても原告は被告が右期間満了当時になした賃貸借更新請求に対し遅滞なく異議を述べ、且つ右異議を述べるにつき左記正当事由があるから本件賃貸借は右期間満了によつて終了した。即ち前記賃貸借期間満了当時より被告は、本件家屋を所有するほか藤沢市片瀬字下の谷二八六六番の二七に木造亜鉛メツキ銅板葺平家建店舗建坪一九坪九合三勺及び同字二八六六番の八に木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建店舗建坪一八坪八合三勺を所有していたが右一九坪九合三勺の建物を昭和三一年一一月一五日訴外滝沢武彦に売渡した程の余裕があるのに対し、前記宅地のうち南側小径沿の幅約二間で東西に亘る二五坪五合(実測三〇坪にして本件賃貸部分のうち七、五坪を含む)の部分については藤沢市から防火上の必要があるとして市へ提供方の申入があり道路用地として右の土地部分の提供を不可避にする事情にあつたものでその後戦争のため見送られていたが昭和三二年三月一五日原告は右土地部分を藤沢市に道路敷地として譲渡するを余儀なくされたものであつてこれによりその所有地は減少し、家業である舟大工の仕事にも差支えるため生活上本件賃貸部分を自ら使用する必要がある事情は前記更新拒絶の当時予見されていたものである。

以上何れにするも昭和二四年六月末日前記賃貸借は終了したものであつて被告は本件土地を明渡す義務があるにかかわらず右義務を履行せずこれがため原告に賃料相当の月一、〇〇〇円の割合による損害を蒙らしめている。

よつて第一次的には前記特約、第二次的には右更新拒絶に基く賃貸借の終了を理由とし、右宅地上の建物の収去及びその敷地の明渡を求め、賃貸借が終了した昭和二四年七月一日以降右明渡済みに至るまで一月金一、〇〇〇円の割合による損害金の支払いを求めるため本訴請求に及んだと述べ

立証として甲第一ないし第八号証を提出し、証人福島新太郎、同鈴木七五郎、同栗田武夫の各証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中本件土地賃借権譲渡の承諾をうけるにつき被告が原告主張のような特約をしたこと、原告が賃貸借更新拒絶の正当事由の内容として主張する事実及び被告の賃借権が昭和二四年六月末日終了した旨の原告の主張はこれを争うがその余の事実は認める。被告は賃貸借期間満了と同時に原告に対し契約の更新を請求したからこれにより賃貸借は更新され昭和二四年七月一日以降二〇年存続するものである。即ち原告の更新拒絶には正当事由はない。被告は本件家屋を買受け義弟である訴外内藤博之をこれに居住させ、同人は貝細具の土産品店を営み過去十数年の努力の末盛業をみるに至つたのであるがもし家屋を収去しなければならないとすればこれにより同人はその生活の本拠を奪われると同時に親子四人は生活の途を絶たれるに反し、原告は家族六人で約一〇〇坪の宅地上に八〇余坪の家屋を所有して舟大工をなし、長男長女も働き裕福に生活し家屋の余裕を訴外栗田武夫、同森川繁雄等に貸与し、夏は避暑客に臨時貸室しているうえ、数年前本件家屋に向つて右隣に居住していた訴外和田を立退かせ内職として訴外森川等と共同にて貝細具店を営み、最近においては右森川も他へ転居しているので原告は益々余裕を生じているからである。のみならず原告は本件土地の一部を市へ譲渡しているからその部分についての明渡の請求は失当であると述べ、

立証として乙第一ないし第九号証を提出し、被告本人尋問の結果を援用し、甲第七号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

原告先代鈴木伝蔵が原告主張の宅地部分を訴外福島新太郎に原告主張のような約旨で賃貸し、同人が右借地上に原告主張のような建物を所有していたこと、その借地期間が借地法の施行により昭和二四年六月末日迄となつたこと及び被告が昭和一四年中右訴外人から前記建物と共に土地賃借権を譲りうけたことは当事者間に争がない。

そして成立に争のない甲第三号証と証人鈴木七五郎、福島新太郎の各証言と原告本人尋問の結果を綜合すれば被告が訴外福島から前記家屋と共に本件土地の賃借権を譲受けたことを承諾するに当り原告先代が被告をして賃貸借期間が満了する昭和二四年六月末日限り地上家屋を収去してその敷地を明渡することを約せしめた事実を認めることができこの点に関する被告本人尋問の結果は信用できず他に右認定に反する証拠はない。そこで考えてみるに、地上家屋と共にする借地権の譲渡がなされた場合右譲受人については必ずしも借地法第四条の保障を伴うものではなく右譲渡につき賃貸人の承諾がない場合譲受人は借地法により結局において賃貸人に対する地上建物の買取請求権による保護をうけるに止るものであるから、右承諾をするとしないとの自由を有する賃貸人が右の承諾をなすに当り譲受人をして賃貸期間満了と共に地上家屋を収去してその敷地を明渡すことを約せしめたからといつて、譲受人が地上家屋の買取請求権を失うものではなく、従つて右の特約が借地法第一一条に該当するものと解すべきいわれはないから被告の原告先代に対する前認定の特約の効力を妨げないものと解するを相当とし、原告先代が昭和二二年一一月二七日死亡し、原告が相続により賃貸人たる地位を承継したことは当事者間に争がないところであるから、右特約に基き昭和二四年六月末日本件賃貸借は終了したものというべきである。しかのみならず昭和二四年六月前記賃貸借期間満了に際し、被告から原告に対し契約の更新を請求したこと及びこれに対し原告が更新拒絶の意思表示をしたことは当事者間に争がないから右更新拒絶についての正当事由の有無について考えてみるに、証人粟田武夫の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告先代夫婦の間には一一人の子女があり家業の舟大工の収入のみによつては生活必ずしも容易でなく夏期の間貸等により漸く家計を維持するような事情にあつたこと、二十数年前江の島銀座の火災後防火上の必要から本件土地の南側に沿うて西から東へ東浜に通ずる道路の幅員約九尺を二間九尺に拡張して非常に備える計画がたてられ、右計画に基き戦前において既に東浜から本件土地に達する道路の幅員は二間九尺に拡張されその後右拡張された路上に消火栓も設置されたが、右計画に従えば本件土地の南側幅二間で東西に亘る部分を道路に提供することとなり、かくては家業の舟大工の仕事にも直接差支えるところから原告先代においても容易に右計画に応じなかつた結果、前記二間九尺の道路は本件土地によつて中断される状況となつたため一般の要望も強まり原告先代においても止むを得ないものと決意したところ、戦争の勃発によりそのままに推移し、終戦後再び前記計画の実現が要望され昭和二四年六月当時においても右計画の実現が不可避と考えられるような状況にあつたこと及び原告において前記原告先代と同様の生活状態において多数の家族を抱え前記土地部分を道路敷に提供するにおいては舟大工の家業の外他に生計の途を考慮する必要に迫られていたため、本件土地の返還を受けてこれを使用する必要があつた事実が原告側の事情として認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで被告側の事情について考えてみるに被告本人尋問の結果によれば被告が福島新太郎から買受けた当初から右建物にその弟訴外内藤博之を居住せしめ被告自らはこれに居住することなく、右訴外人は右建物において十数年に亘り引続き貝細工商を営み今日に至つていること及び同訴外人の家族は四名であつて同訴外人自身としては前記建物の明渡を余儀なくされるときは差当り右営業継続の目途もつかずその転居先にも窮するという事情にあることが窺われる。

前認定の各事実と当事者間に争がない原告か昭和三二年三月一五日本件土地中幅員二間長さ一五間の部分実測三〇坪を道路敷として藤沢市に譲渡した事実とを綜合すれば原告が被告に対してなした前記更新拒絶の意思表示には正当事由があるものと認めるを相当とし、被告側の事情として認定した前記事実は右判断を妨げるものではないと解するを相当とする。

してみると、この点からいつても本件賃貸借は昭和二四年六月末日終了したものというべきであつて以上いずれにするも被告は原告に対し前記建物を収去してその敷地を明渡すべき義務あるものといわなければならない。

そして、被告の賃借地を含む原告所有の宅地一一一坪の内実測三〇坪(被告賃借部分のうちの七、五坪を含む)が昭和三二年三月一五日道路用地として藤沢市に買収されたことは当事者間に争なきところであるが右事実は原告の被告に対する賃貸借終了を原因とする賃貸土地明渡の請求を妨げないものと解すべきであるから本件土地のうち右七、五坪の部分につき原告に対する明渡義務なき旨の被告の主張は採用できない。

而して右本件土地の一月の賃料相当額が一、〇〇〇円であることは当事者間に争がないのであるから原告は右賃貸借が終了した日の翌日である昭和二四年七月一日以降被告の明渡義務不履行により右に相当する損害を蒙つているものというべく、被告に対し右建物収去、土地明渡及び損害金の支払いを求める本訴請求は理由があるからこれを認容することとし仮執行の宣言は全員支払いを命ずる部分に限りこれを付するを相当と認め民事訴訟法第一九六条を適用し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大場茂行 高井清次 惣脇春雄)

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